お掃除します。

掃除をする日々、また掃除に対して思うことなどを綴ります。

「余寒お見舞い」「傲慢と善良」「少子化対策」

昨日は明るい陽射しの中でゆっくりお風呂に入り、それから今日の掃除のための準備として部屋の片付けを行い、すっきりした気分で、
「余寒見舞い」を書きました。


はい。年賀状は書きません。
いただいた方だけに後から寒中見舞いを出していました。
しかし今回、寒中見舞いを書く時期も逸しそうになり焦っていたところ、
なんと世の中は便利なもので、
「余寒見舞い」という2月4日あたりから出すお見舞いがあることを知ったので早速取り入れてみることにしました。


いただいた年賀状を眺めながら、「お年賀状ありがとうございます」というお礼文から始まり、年賀状の感想、こちらの近況、今後の目標などを書いていく時間はなかなか楽しいです。しかも毎年枚数はどんどん減っていくので(年賀状をくださる方が減っているので)、一枚一枚にかける時間がなかなか長い。
年末にやっつけのようにやっていた頃より余程心がこもっていると思います。
(全部年賀状を書かない言い訳です!もう面倒くさくてやっとられん!という気持ちです)


このように一人の良い時間が持てたのも、娘が珍しく出かけていたからです。
昨日は娘は久しぶりにお友達が紹介してくれた方と会うと食事に行きました。
しかしものすごい早さで帰ってきたので、不発だった模様。
聞くと「肌が汚い」と・・・・・。肌なんかどうでもいいやん・・・。


インド旅行中に「傲慢と善良」を読みました。
あの主人公の女性の母親がまさに私のようで、震える思いで読みました。
だけどあの主人公の女性もまるで娘のようです。


そのことに気づいてほしくて、今、娘にも読ませていますが、
娘が言うのは「あの母親はまさにママだ」ということばかり。
ちゃんと最後まで読んで自分の傲慢さに気が付けよ。


この本はバラナシ行きの列車の中で読んでいて、最後の方の神社のおばあさんが「あんたら〇〇だったんだな」と言うシーンで涙が止まらなくなり困ってしまいました。

何しろこのような向かい合わせの席だったので。
本を読みながら泣く日本人はどのように見えたでしょう。


バラナシの旅行からデリーに戻ったのが12月31日の夜中。ホテルに入ったときは1月1日でした。ゆっくり眠って起きた頃、ネットで石川県の地震を知って、本の内容との偶然を感じて少し怖くなりました。


ところでまったく関係ありませんが、この向いの席の女の子はスマホで大音量でゲームをしたり、
このテーブルで寝そべったりするのですがこの家族は誰も注意はしません。
丁度、Xでインド絡みのものばかり読んでいたときに、やはり子供の自由なふるまいについて書かれているものがありました。
それは、日本で電車の中で子供が窓枠に足をあげたりしている写真が晒されて、その親が責められているものを取り上げ、「こんなのインドでは誰も何も言わない」というもの。
その方はインド在住のお子さんが居る日本人で、時々日本に帰るようなんですが、
「日本では子育てがしにくい」と。
インド人にとって、子供が行儀が悪いなんて当たり前という気がします。


人口世界一の決め手はやはりここなのでは・・・・。
子供の頃、お行儀が悪かろうがなんだろうが、今、IT企業のCEOはインド人だらけ。
日本の少子化対策の方向、間違っているかもよと国に伝えたい。
お金じゃない。放置です。知らんけど。



と、ここまで書いて今、けっこう大きめな地震がありました。
この辺りは震度3だった模様です。


今日は掃除のあとに防災用品を見直そう。

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