お掃除します。

掃除をする日々、また掃除に対して思うことなどを綴ります。

スパ・リゾート・ハワイアンズへ行ってきました①

14日土曜日は私と娘は自宅から、母は妹と姪と東京駅に七時前集合でした。
出発は7:15。
3時間強のバス旅は乗る前から「疲れそう」とマイナス気分でしたが、乗ってみれば快適。一時間に一回のSAでの休憩もあり、まったく身体に負担なく楽しい旅行始まりとなりました。


ちなみにこのバス。
東京と新宿、横浜その他から出ている大型バスですが、なんとスパ・リゾート・ハワイアンズに宿泊する方は行き帰りともに無料です!
高速代もかからないし、ガソリン代もかからないし、運転で疲れることもないしで、
なかなか良い試み。
まあ、中でめっちゃお金絞りとられますけど(;^_^A。


1961年に開設された常磐ハワイアンセンターのことは子供の頃から知っていましたが、その沿革を初めて知ったのは、
映画「フラガール」を観たときです。

【映画予告編】『Hula Girls(#フラガール)』予告編/出演:#蒼井優 松雪泰子 豊川悦司 / 山崎静代 岸部一徳 富司純子(李相日監督|2006年9月23日公開)
このときはとにかく蒼井優ちゃんのダンスがすごすぎて。
もうそれを観るだけでも価値ある映画です。
今回、行く前にもう一度観ていこうと思いましたが結局まだ観れていない。娘が帰ってきたら観ようと思います。


そもそもは時代の流れで不況に陥った石炭業界で、炭鉱労働者やその家族の雇用創出のために考え出された炭鉱会社の新規事業という設定ですが、
そこで「ハワイ」が出てくるの、なかなかウルトラCですよね。
当時「ハワイ」は日本人が一番行きたい国。しかしドルが300円時代で今のように誰もが行ける時代ではなかったため、常磐炭鉱の副社長だった(のちに社長)の中村豊は「そうだ日本にハワイを作ろう」と思うわけですよ。


その頃、温泉場では「リゾート温泉」施設なるものが各地で乱立していて人気だったと思うのですけど(私の出身地にもありました)、やはり「常磐ハワイアンセンター」が頭一つ抜けていたのは突飛な発想のおかげかなと思います。
中村豊は日本のスティーブジョブズだったのです!( ;∀;)

炭鉱夫やその家族の雇用創出ということで、当然ダンサーも常磐炭鉱の関係者。
「へそ出し」「腰振り」などと揶揄されながらも家族のために必死で訓練していく当時のダンサーのことを思うと(今現在はもちろん違うのですが)ショーを鑑賞しつつ感激して涙が滲んでしまう始末。
なぜかすごく思い入れ強くなってしいました。


そして思い入れと言えば・・・。

この前方のカメラのおじさんたち(撮影はフラッシュでなければ自由です)。
家族連れでの一コマなどではありません。みなさんお一人でいらっしゃってるわけですよ。


ちなみにショー前に私たち家族がベンチに座って休憩していたら隣に座っていたおじさんが、「これからこの道をダンサーが通るよ」とニコニコしながら教えてくれました。
それで二回ほど通ったんですが、「最初の子は若いチームで、後のは年配のチームなの」と。
あまりに詳しいので妹たちと「もしかして施設の社長だったりして~」などと言っていたらショーのとき偶然私たちの目の前の席でして、めっちゃカメラ構えて撮りまくっていたただのオタクだった模様です。


以前、小石川植物園に行ったときに何かの植物と一緒にニコニコしながら自撮りしているおじいさんが居て「推し活もいろいろだ」と感想を持ちましたが、
よもやフラダンスのショーでも推し活されている方に出会うとは。


でもよくよく考えてみたら、これって「会いに行けるアイドル」の源泉(温泉だけに)ではないですかね。秋元さんのAKBの発想はここからだったのかなとか思ったり(今、軽く調べたら違った)。


しかしそんな他人事で考えていた私ですが、危うく沼りかける出来事が!


なんだか長くなっちゃったので続きはまた今度。


風が爽やかな土曜日です。
今日は四年ぶりに多摩川の花火大会だそうですよ。

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